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最近、僕はBodyParts3Dという人体3Dモデルについて調べています。

きっかけは、AIを使った3D解剖学の表現をXで見かけたことでした。

これ、どうやって作ってるんだ?

そこから元になっているデータを辿っていったら、日本で2009年に公開されたBodyParts3Dに行き着いた。ここまでが第1回第2回のお話です。

ところが、さらに調べていたら面白いものを見つけました。

このモデル、一度海を渡って、とんでもなく進化していました。

その名前が、Z-Anatomyです。

ボクセルの地球儀の上を光る点線が一周して戻ってくる様子を、はなげるげとAIロボットが見ている

Z-Anatomyは、人体モデルをゼロから作ったわけではなかった

Z-Anatomyは、オープンソースの3D人体解剖学アトラスです。

Blenderの中で人体の構造を確認でき、骨や筋、神経、血管など、膨大な解剖学的構造を扱えます。

初めて見ると、「これを全部モデリングしたのか……?」と思ってしまいます。

でも、違いました。

Z-Anatomyの土台になっていたのは、日本で作られたBodyParts3Dです。

Z-AnatomyのGitHubには、こう書かれています。モデルはBodyParts3Dから派生したものであること。定義はWikipediaに大きく依拠していること。そして著者一覧の先頭に、BodyParts3Dの原モデルとして大久保公策氏(Kousaku OKUBO)の名前があること。

つまり、ざっくり言えば、BodyParts3Dを、より学習・閲覧しやすい3D解剖学アトラスへ発展させたものがZ-Anatomy、という関係です。

物語は日本から始まった

BodyParts3Dは、日本のライフサイエンス統合データベースセンター(DBCLS)などによって進められた人体3Dデータベースです。公開は2009年。

ここが個人的にはものすごく重要だと思っています。

2009年です。

生成AIなんてありません。ChatGPTもない。Claudeもない。「画像を渡したら3DにしてくれるAI」なんて当然ありません。

現在ならAIに頼めば数分でできてしまうように見える作業でも、当時は人間が地道にデータを作り、整理し、確認していく必要がありました。

人体を構成する膨大な構造を3Dデータとして整備する。名前を付ける。データベース化する。公開する。そして、他の人が使える状態にする。

今僕らがクリックひとつでダウンロードしているデータの裏側には、とんでもない時間が存在しています。

第2回で書いたとおり、その土台のTAROというモデルでは、組織の識別だけで3年以上かかったと報告されています。

2009年ごろの研究室で、ボクセルの人体模型をパーツごとに並べ、ピンセットで名札を付けている研究者

そして、海を渡る

そのBodyParts3Dを見つけた人物の一人が、Gauthier Kervyn氏でした。

彼の経歴がまた面白い。Blender Conference 2022の登壇者紹介によると、もともとはVisual Arts、つまりコミックなどの視覚表現の人。そこから義肢装具の分野へ移り、3Dプリントで装具を作るために3Dを学び始めます。

その後、ある企業で解剖学の2Dイラストを何百枚も描いたのち、Blenderで人体解剖学のオープンなアトラスを作り始めた。

そこで使ったのが、日本で公開されていたBodyParts3Dでした。

「作り直す」のではなく、「受け継ぐ」

ここが僕はすごく好きです。

ゼロから人体モデルを全部作り直すのではなく、すでに公開されている素晴らしいものを使い、次の価値を作る。

Kervyn氏はBodyParts3Dをベースに、Blender上で人体構造を整理していきました。さらに国際的な解剖学用語体系であるTerminologia Anatomica第2版(TA2、2019年)に沿って構造を並べ直します。

Zenodoで2021年6月に公開されたファイルの説明にも、BodyParts3Dが共有した元データを改変したものであること、BlenderのなかでTA2に沿って整理したことが書かれています。著者は、大久保公策氏とGauthier Kervyn氏の連名です。

BodyParts3D × Blender × TA2。この組み合わせが、Z-Anatomyへつながっていきます。

さらにエンジニアが参加する

面白いのはここからです。プロジェクトは一人の作品では終わりませんでした。

GitHubのクレジットを見ると、役割がはっきり分かれています。

担当
原モデル(BodyParts3D) 大久保公策氏
デザイン・3D・解剖学 Gauthier Kervyn氏
Blenderアドオン(Pythonスクリプト) Marcin Zielinski氏
Unityアプリの開発 Lluís Vinent氏
解剖学構造の翻訳 ポルトガル語、スペイン語、イタリア語、ポーランド語、ペルシャ語の各担当

翻訳に参加する人も現れます。ポルトガル語。スペイン語。イタリア語。ポーランド語。ペルシャ語。世界中の人たちが少しずつ参加していく。

Blender Conference 2022の紹介文には、こう書かれています。2年足らずで、5,000を超える3Dの解剖学的構造とラベル、3,500を超える定義が集まり、2つのビューアで使える状態になった。そして「ベルギーの医療イラストレーター、ポーランドのPythonコーダー、スペインの開発者が力を合わせた」と。

日本で生まれた人体3Dデータが、世界中の人の手によって育てられていった。

これ、めちゃくちゃ面白くないですか?

BodyParts3D → Z-Anatomy → そして2026年

流れを1枚にすると、こうなります。

2009年の日本から、2026年の日本へ戻ってくるまでBodyParts3D → Z-Anatomy → そして、この記事
2009日本BodyParts3Dが公開されるDBCLSなどが整備した人体3Dデータベース2010年代ベルギー医療イラストレーターが見つけるGauthier Kervyn氏。3Dプリント義肢から3Dへ2021BlenderTA2に沿って組み直し、Zenodoで公開大久保公策氏とKervyn氏の連名2021〜22欧州エンジニアが加わるポーランドのアドオン、スペインのUnityアプリ2022世界5言語へ翻訳。構造5,000超・定義3,500超Blender Conferenceで発表される2026日本Xで見かけたAIの3D人体図から辿るそして、この記事を書いている2009年に公開されたデータが、17年かけて一周して戻ってきた

年は各配布ページ・発表資料の記載に基づくおおよその時期です。翻訳者や参照モデルはこのほかにもいます(GitHubのクレジット参照)。

表で見る
時期場所起きたこと
2009日本DBCLSなどが人体3Dデータベースを公開。誰でも使える形で置かれる
2010年代ベルギー視覚芸術から義肢装具へ移り、3Dを学んだGauthier Kervyn氏がBodyParts3Dを見つける
2021BlenderBlender上でTA2(2019年版)に沿って再構成し、Zenodoで公開(著者は大久保公策氏とKervyn氏)
2021〜22欧州Marcin Zielinski氏がBlenderアドオン、Lluís Vinent氏がUnityアプリを担当
2022世界ポルトガル語・スペイン語・イタリア語・ポーランド語・ペルシャ語へ翻訳。2年足らずで5,000超の構造と3,500超の定義に
2026日本AIを使った3D人体図をXで見かけ、辿っていったら日本発のデータに戻ってきた

こうして見ると、「Z-Anatomyというサービスが作られた」だけでは全然ないんですよね。その後ろには、さらに長い歴史があります。

そして2026年、AIによって僕がそれを知る

ここからが個人的に一番面白いところです。

僕がBodyParts3Dを知ったきっかけは、AIでした。

海外の方がAIを活用して解剖学モデルを面白い形で見せているのをXで見かけた。「なんだこれ?」と思って調べる。すると、元になっている3Dモデルがある。さらに辿る。するとZ-Anatomyがある。さらに辿る。日本のBodyParts3Dに戻ってきた。

2009年、日本の研究者たちが作ったものを、海外の人たちが見つけ、改変し、整理し、ソフトウェアにして、世界へ広げる。

そして2026年。AIをきっかけに、それを日本にいる僕が知る。

なんだこの一周。

そして僕も、少しだけ続きを作ってみる

せっかくなので、僕もこのモデルを使っていろいろ試しています。

僕は3Dモデラーでも、解剖学データベースの研究者でもありません。だからこそ、UIや学習体験の部分から何かできないかと考えています。

  • もっと直感的に構造を探せないか
  • スマホでも学びやすくできないか
  • 教育コンテンツと組み合わせられないか
  • AIと組み合わせたらどうなるか

そんなことを試しています。

データを触っている途中では、僕が利用しているデータ上で筋が骨のカテゴリに入っているような分類も見つかったので、現在は分類やラベルについても確認しながら整理しています。

元の解剖学モデルそのものを「間違っている」と評価するのではなく、自分が利用する環境に合わせて、確認し、整理し、より使いやすくしていく。そんな作業です。

4つの作業台の上を、光るバトンが研究者からイラストレーター、エンジニアを経て、はなげるげへ渡っていくリレー

オープンソースって、こういうことなのかもしれない

今回のことを調べていて、僕はオープンソースに対する見方が少し変わりました。

「無料で使えるもの」ではない。

誰かが時間を使って作ったものを公開する。別の誰かが見つける。そこに新しい価値を加える。また公開する。さらに別の誰かが続きを作る。

人から人へ、仕事が受け継がれていく。

BodyParts3Dが公開されていなければ、Z-Anatomyは現在とは違うものになっていたかもしれません。Z-Anatomyが公開されていなければ、僕もここまで簡単に人体3Dデータを触ることはできなかったかもしれない。

そして、僕が作ったものがいつか誰かのアイデアにつながる可能性だってあります。

これこそ、オープンにする面白さなのかもしれません。

受け継ぐときに、ひとつだけ確認したいこと

このリレーは、ライセンスの表示があって初めて成り立っています。

Z-AnatomyのGitHubでは、Z-Anatomy自体はCC BY-SA 4.0、原モデルのBodyParts3Dは「CC-BY-SA 2.1 Japan」として表示するように案内されています。一方、Zenodoで配布されているファイルのライセンス表示はCC BY 4.0です。

配布している場所によって表示が違うので、使う前にその配布ページのライセンス表示を必ず確認してください。継承(SA)が付く条件で受け取ったなら、自分が公開するものにも同じ条件が付きます。

「無料だから自由」ではなく、「条件を守れば自由」。前回の著作権の記事で書いたことと、根っこは同じです。

AI時代だからこそ、元を辿りたい

AIが登場してから、ものを作るスピードは異常なほど速くなりました。数時間でアプリが作れる。画像が作れる。3Dが作れる。文章が作れる。

だからこそ僕は、「その素材は、どこから来たのか?」を忘れたくありません。

画面上では一瞬で表示される人体モデルも、その向こう側を辿れば、2009年に日本でデータを作っていた人がいる。それを海外で見つけた人がいる。整理した人がいる。コードを書いた人がいる。翻訳した人がいる。そして、それをさらに利用して新しいものを作っている人がいる。

AIは、その歴史を消すためのものではなく、その続きを作るために使えるものなんじゃないか。僕はそんなふうに思っています。

Xで世界の人とつながれる時代に感謝

そして今回、もう一つ感じたことがあります。

Xがなかったら。海外の人の投稿を見なかったら。その人のアイデアに興味を持たなかったら。僕はBodyParts3Dについて、ここまで調べていなかったと思います。

日本で生まれたものを海外の人から教えてもらう。その背景を調べて、改めて日本の研究者たちの仕事を知る。そして今度は、自分がそれを使って何かを作ってみる。

国も違う。言葉も違う。専門分野も違う。それでも一つのアイデアをきっかけに、人と人がつながっていく。

Xを通じて世界中の人たちと交流し、アイデアを交換し、学べる時代になったことに感謝しています。

そして僕も、この長いリレーの続きを、ほんの少しだけ作ってみようと思います。

この連載

参考資料


制作者・役割・規模の記載は、2026年9月8日時点で上記の公開情報を確認したものです。ライセンス表示は配布元によって異なる場合があるため、利用前に必ずその配布ページの表示を確認してください。