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「15km先のフェスの音が聞こえる」

そんなニュースを見かけました。

いやいや。

15kmって、結構な距離です。

東京駅から直線距離で15kmなら、もう別の街と言っていいくらい。

そんな離れた場所まで、ライブ会場の「ドン、ドン」という重低音が届くことなんてあるのでしょうか。

調べてみると、これがなかなか面白い。

単純に「フェスの音量がデカかったから」だけでは説明できないんです。

音の周波数。

空気。

距離。

風。

気温。

地形。

これらが組み合わさると、音は僕らが想像している以上に不思議な動きをします。

この記事で分かること

  • そもそも音は何が飛んでいるのか
  • 15km先まで音が届くのに何秒かかるのか
  • 距離で音がどれだけ弱くなるのか
  • なぜ遠くでは「重低音だけ」が聞こえるのか
  • 風と気温で音の進路が曲がるのはなぜか

きっかけは「重低音が15km先まで届いた」というニュース

2026年9月12日、読売新聞オンラインが興味深いニュースを報じました。

栃木県真岡市の井頭公園運動広場で9月5日・6日に開催された野外音楽フェス「ベリテンライブ2026 Special」について、6日に「重低音が響く」といった騒音の苦情が60件寄せられた、というものです。

しかも苦情が寄せられたのは会場周辺だけではありません。

宇都宮市岡本地区やJR宇都宮駅周辺など、最も遠い場所では会場から約15km離れていたと報じられています。

一方、前日の5日の苦情は1件。

主催者側は100dB以下の音量を守ってライブを開催していたとしています。

では、なぜ6日だけ、これほど遠くまで音が届いたのでしょう。

報道では、6日に会場から北西方向へ強い風が吹いていたことが紹介され、専門家は上空の風などの気象条件が影響した可能性を指摘しています。

ただし、ここは重要です。

現時点で「原因は風だった」と確定したわけではありません。

遠方地点での周波数別の実測データや、上空の詳細な気象データがそろった検証結果が公表されたわけではないからです。

なのでこの記事でも、今回のフェスを断定的に分析するのではなく、「どういう条件がそろうと、音が15km先まで届くことがあり得るのか」を考えてみます。

ニュース:https://news.livedoor.com/article/detail/32306837/

イベント情報:https://humpback.jp/contents/1070135/

実は、去年も同じことが起きていた

この話、初めてではありません。

2025年7月26日と27日。

横浜市の山下ふ頭特設会場で、Mrs. GREEN APPLEのデビュー10周年を記念した野外ライブが行われました。

2日間で10万人。

大きなイベントです。

そして、その2日間で何が起きたか。

神奈川新聞の報道によると、「重低音がうるさい」といった110番通報が、2日間で約360件寄せられました。

通報があったのは、会場のある横浜市中区だけではありません。

横浜市神奈川区、鶴見区。

さらに川崎市川崎区、幸区。

会場から10km以上離れたエリアからも「家の中で重低音が聞こえる」という声が上がりました。

主催者側も後日、公式サイトでお詫びを出しています。

そこでも触れられていたのが、当日の風向きによって想定以上に広い範囲へ音が拡散した、という説明でした。

真岡と横浜。

場所も規模も違います。

でも共通しているのは3つ。

  • 野外であること
  • 遠くまで届いたのが「重低音」であること
  • その日の気象条件が話題になったこと

つまりこれは、特定のアーティストや特定の主催者の問題というより、屋外で大きな音を出すときに誰の身にも起こり得る現象、ということになります。

参考:https://www.kanaloco.jp/news/social/article-1341551.html

なお、この件では「ミセスの音漏れ」として拡散した動画が、実際には音声を加工したものだったというファクトチェックも出ています。遠くまで届いた音が実際にどう聞こえたのかは、拡散した動画ではなく、通報の内容や公式の説明のほうを見るべきだと思います。

ファクトチェック:https://www.factcheckcenter.jp/fact-check/lifestyle/false-mrs-green-apple-noise-video/

そもそも「音」って何が飛んでいるの?

まずここから。

スピーカーから15km先まで、何かが飛んでいっている。

これは間違いありません。

でも、スピーカーの前にあった空気が、そのまま15km先までビューンと飛んでいるわけではありません。

音の正体は、空気の圧力変化です。

スピーカーの振動板が前に動く。

空気を押す。

押された空気が、その隣の空気を押す。

さらにその隣へ。

さらにその隣へ。

この「押された、戻った」という圧力変化が次々と伝わっていきます。

イメージとしては、空気による伝言ゲーム。

あるいはスタジアムのウェーブに近いかもしれません。

観客一人ひとりがスタジアムを一周しているわけではない。その場で立ったり座ったりしているだけなのに、「波」はスタジアムを移動していきます。

音も似ています。

空気の粒子そのものが15km移動するのではなく、振動という情報が隣へ隣へと伝わっていく。

これが音です。

15km先まで何秒で届く?

では計算してみましょう。

20℃程度の空気中では、音速はおよそ343m/sです。

つまり1秒間に約343m。

15kmなら、15,000 ÷ 343 ≒ 43.7。

約44秒です。

もちろん実際には気温や風、音が通る経路によって多少変わります。

でもざっくり言えば、15km先で聞こえた「ドン」は、会場では約44秒前に鳴った音。

こう考えると、ちょっと面白い。

でも普通は、遠くに行くほど音は小さくなる

当然ですが、音は無限に同じ強さで進み続けるわけではありません。

音源から離れるほど、音は広い範囲へ拡散していきます。

理想的な点音源を考えると、音は球のように広がっていきます。球は大きくなるほど表面積が増えるので、同じエネルギーがどんどん広い面積に分散されます。

これを簡単に覚えるなら、距離が2倍になると約6dB低下する。

厚生労働省や環境省の資料でも説明されている、音の基本的な距離減衰です。

100m → 200mなら約−6dB。

200m → 400mでも約−6dB。

同じように離れていくほど弱くなります。

厚生労働省「騒音対策と健康管理」:https://www.mhlw.go.jp/content/000893023.pdf

環境省「低周波音の特性」:https://www.env.go.jp/content/900405768.pdf

じゃあ15kmなら、どれくらい弱くなる?

ちょっと遊んでみましょう。

仮に、100m地点で90dBの音があったとします。

地面も建物も風も空気吸収もない、ものすごく単純化した世界です。

計算式は、L(r) = 90 − 20 log10(r ÷ 100) になります。

距離 計算上の音圧レベル
100m 90.0dB
1km 70.0dB
5km 56.0dB
10km 50.0dB
15km 約46.5dB

ここで意外だったのが、15km離れても数学的に音がゼロになるわけではない、ということ。

もちろん現実にはもっといろいろな減衰要因があります。

でも「距離だけ」で考えるなら、音はずっと小さくなりながらも伝わり続けています。

そして、ここからが面白い。「音の高さ」で残り方が違う

今回の苦情で特徴的なのが、「重低音が響く」という部分。

なぜ「音楽が聞こえる」ではなく、「重低音」なのでしょう。

ここには周波数が関係しています。

音の高さはHz(ヘルツ)で表します。

63Hzならかなり低い音。125Hzは低音。1,000Hzはもっと高い音、という具合です。

そして音速を343m/sとすると、波長は音速 ÷ 周波数。

63Hzなら、343 ÷ 63 ≒ 5.4m。

一方、1,000Hzなら約34cm。

同じ「音」でも、波の大きさが全然違います。

低音も距離で弱くなる。でも「追加で失われにくい」

ここは少し誤解されやすいところです。

よく「低音は減衰しないから遠くまで届く」と言われます。

これは正確ではありません。

低音だって、距離が離れればちゃんと弱くなります。環境省も、点音源なら低周波音も距離が倍になれば約6dB減衰すると説明しています。

ただし重要なのが、その次。

環境省は低周波音について、地表面吸収や空気吸収による追加の減衰が、一般的な騒音に比べて非常に小さいことも説明しています。

つまり、低音も距離によって弱くなる。

でも、遠距離を進む途中で、高い音のほうが追加で失われやすい。

結果として「シャーン」「ジャーン」「歌声」みたいな成分がどんどん弱くなって、最後にドン……ドン……ドン……という低い成分が目立つ。

だから遠く離れた場所では、「ライブの曲が聞こえる」というより「どこかから重低音だけ響いてくる」という聞こえ方になり得るわけです。

環境省「よくわかる低周波音」:https://www.env.go.jp/air/teishuha/yokuwakaru/index.html

建物があれば止まるんじゃないの?

これも面白いところ。

音には回折という性質があります。障害物の後ろ側へ、波が回り込む現象です。

そして波長が長い低音は、大きな障害物の影にも回り込みやすい。

つまり「家があるから完全にストップ」「森があるから完全にストップ」とはならない。

もちろん建物や地形によって音は弱くなります。

でも低音は、高音と同じようには遮れません。

だから防音でも、低音対策は難しい、という話につながります。

米国FHWAの屋外音響解説:https://www.fhwa.dot.gov/Environment/noise/noise_barriers/design_construction/design/design03.cfm

そして重要なのが「風」

ここまでは、低音は遠距離でも相対的に残りやすい、という話。

でも、それだけでは今回の「前日は苦情1件なのに、翌日は60件」という違いを説明できません。

そこで登場するのが、天気。特に風です。

ただし「追い風に乗って音が飛んでいった」だけでは少し説明不足です。

もっと面白い現象が起きます。

実は、音は空中で曲がる

音って、真っすぐ進むものというイメージがありませんか。

実際には、曲がります。

光が水に入ると曲がる「屈折」と似た現象が、音にもあります。

ポイントは、高さによって音の進み方が変わること。

地面付近では、木、建物、地面。いろいろなものとの摩擦があります。そのため風は一般に、地面付近より上空のほうが強くなることがあります。

ここで音が風下方向へ進んでいるとしましょう。

上空の音には強い追い風。地面付近では弱い追い風。

すると、高さによって地面に対する音の進み方に差が生まれます。

その結果、音波の進行方向が曲げられる。風下側では、地面方向へ音が曲げ戻される条件が生じることがあります。

米国FHWAも、風速が高さによって変化する「wind shear」によって屈折が起こり、風下では無風時より音圧レベルが高く、風上では低くなる場合があると説明しています。

しかもこの影響は、音源から離れるほど大きくなる傾向があります。

FHWA:https://www.fhwa.dot.gov/ENVIRonment/noise/measurement/handbook.cfm

つまり「風が音を運んだ」というより

イメージとしては、風が音をトラックに載せて15km運んだ、というより。

音が本来上空へ逃げていくはずだったところを、空気の状態によって地面側へ曲げられた。

と考えたほうが面白い。

だから遠く離れた地上でも、「え、なんでここまで聞こえるの」という場所が生まれる可能性があります。

気温でも音は曲がる

さらに面白い。

風だけではありません。気温の上下差でも音は曲がります。

例えば夜。

地面付近の空気が冷えている。でも上空のほうが暖かい。いわゆる気温の逆転が起きることがあります。

このような条件では音が地面方向へ屈折し、遠方で音が強く聞こえる場合があります。

逆に日中、地面付近が暖められて上空ほど気温が低い状況では、音が上方向へ曲がることがあります。

だから同じ場所。同じスピーカー。同じ音量。

だったとしても、昨日は聞こえなかった場所で、今日は聞こえる。

そんなことが起こり得ます。

動かせるようにしてみた

ここまで調べてきて思いました。

これ、見えるようにしたらメチャクチャ分かりやすいのでは。

ということで作りました。

フェスの音、どこまで届く?(シミュレーター)

やれることは2つです。

1つめは、距離と周波数。

63Hz、125Hz、250Hz、1kHzを切り替えて、距離を100mから15kmまで伸ばすと、周波数によって残り方がどれだけ変わるかが見えます。空気による吸収のオン・オフも切り替えられます。

2つめは、風と気温。

上空の風を−10m/sから+10m/sまで、気温の上下差を−2℃/100mから+2℃/100mまで動かすと、音線がまっすぐ進む状態から、地面方向へ曲げ戻される状態へ変わっていきます。

温度逆転のプリセットを押すと、いったん上へ逃げた音が遠くの地上へ戻ってくる様子が出ます。

もちろん、今回のフェスを科学的に再現したものではありません。実際のスピーカー配置や周波数別の出力、当日の上空の気象データ、地形、遠方地点での実測値。どれも持っていないからです。

あくまで「音が遠くまで届く仕組みを理解するための模型」です。

「100dB以下だった」から問題ない、とは単純には言えない

最後に、この話でいちばん引っかかったところを書いておきます。

主催者側は音量を守っていた、という説明がありました。

たぶん、守っていたのだと思います。

でも、ここまで見てきたとおり、遠くの住宅で何dBになるかは、会場の音量だけでは決まりません。

その日の風。

上空と地面の気温差。

音の高さ。

地形。

同じ音量で出しても、届く範囲は日によって変わる。

しかも変わり方は、事前にはなかなか読めません。

だから「音量を守ったかどうか」と「近隣に届いたかどうか」は、別の話として扱う必要があります。

真岡でも、横浜でも。

主催者が悪意を持って爆音を出した、という話ではなさそうです。

けれど結果として、10km、15km離れた家の中で重低音が聞こえた人がいた。

ここを「気象条件だったので仕方ない」で終わらせると、来年も同じことが起きます。

逆に「主催者が悪い」で終わらせても、原因の半分しか見ていないことになります。

必要なのは、たぶんその間。

当日の気象条件を見ながら、低音の出し方やスピーカーの向きを調整する。

遠方でも実測する。

苦情の受け口を先に用意しておく。

そういう地味な運用の話になっていくのだと思います。